詩に関する若干のメモ





T. 詩とは何か


 私にとって重要なのは、歴史的な文脈のなかに見出される詩の生い立ちではないし、詩の何たるかを知るために、私は私の乏しい経験と思考で書くことしかできない。ずっと詩を書いてきたが、かなり無自覚に書きつづけてきたという反省がある。いつも自分自身の詩に対する考え方が漠然とあるにはあったが、今までしてきたことが何であったのか、あらためて考えてみる必要があるのではないかと思う。私はいつも直観的で、理路整然と他者に伝えることが苦手である。だから、むしろ散文的に書くことで、せめて自分の頭のなかを少し整理したいと思う。だれかに説明したいわけではない。ただ、自分自身の詩に対する考え方を自分なりに整理したい。

 あらためて詩について調べてみると、語源に関連して「ギリシア語のポイエイテスは、ポイエイウス(つくる)という動詞からでて、(つくる人)の意から、(詩人)へとかわった」とある。また、詩の一般的な定義として「思想や感情を含むさまざまな人間精神を、リズムをもつ言葉で芸術的に表現したもの」などと書かれている。詩の歴史については、文芸のなかでは最も原始的(古くからある)とされる。あるいは歌やダンスと結びついた感情表現が始まりであるという説もある。それは未開人の観察などからある程度の信憑性を有しているとされる。また、詩の特徴はリズムや踏韻にあるとされるが、それは詩が散文よりも以前からあるもので、声をあげてうたわれていたものが、文字や印刷術の発明により、読まれたり、黙読されるだけとなったからであるという。しかし、現代の自由詩においても、ある程度リズムだけは残っている。
 確かに散文は、詩と比較して、論理的思弁や状況説明などの表現に適する。散文のなかにもリズムはあるが、詩ほど強調されたものではない。逆に、歌謡のための詞などにはそれらが顕著に残っている。

 一方、日本の現代詩から遡及的に詩の経緯を、つまり枝分かれした芸術的形式の末梢としての現代詩から過去を辿ることもできるだろう。
 まず、日本の現代詩以前に近代詩があるが、両者に確たる境界を見出すことはない。近代詩の潮流は1882年(明治15年) の「新体詩抄」に端を発するとされている。そして、その形式上の源流は翻訳詩のなかにある。つまり日本の詩は輸入から始まったのである。それ以前の日本の古典的詩歌は漢詩がベースとなっている。文学的形式の差異もさることながら、詩の本質的な差異という意味では、明治以前とそれ以降という時代展開が、大きな境界となっている。その違いは、いってみれば背景となる思想文化・言葉の発端つまり宗教的な相違に近いものだ。俳句や短歌を日本の伝統的定型詩としてとらえる向きが一方にある。このような見解は、それとしても、やはりそれらと近代以降の詩とのそれまでの変遷の差異といおうか、断絶を認識しておくことは重要であろう。無論、それは個人の詩に対する認識、スタンスの問題でもあり、当然異論もあるだろう。
 確かに、こうしたごく独断的な分別の後に考えることだが、短歌や俳句のようなそうしたいわば日本の伝統的形式に、現代詩の立場からどのように相対せばよいのかという問いは残る。そして、そのように違和を感じる形式との関係を考えることは、私にとって伝統的な日本という「他者らしきもの」を検証することでもある。いいかえれば、近代詩以前とそれ以後の変化をどう認識するのかということだ。
 そして同時に、西洋と日本といった二元論的な視点によってではなく、すでに混沌とした世界においてより新たな自己認識の基準を見出すことこそ重要であろう。そのための一つの手がかりとして、そうした母国語の変遷のダイナミズムというものを真正面からとらえる必要がある。他者として見ていたものが、自分となることがあるだろうか。自分でも気づかぬうちに自分の内奥で引き裂かれてあるものとすれば、それは何なのか。



 「なぜ詩を書くのか?」という根本的な問いかけがある。私が初めてだれからも強要されずに詩を書いたのは、二十二、三才のころであった。このころの私は疲弊していた。いかにして詩を書きはじめたか……。私の場合、当初は、ただ半睡状態のなかから、溢れてくる譫言を書きつづっただけだった。それはおよそ詩的とはいいがたいものだった。ただ唯一救いなのは、それらを書きとどめておくという行為も含めて、意識的にというよりはむしろ生理的・自然発生的にわが身に立ち起こった事実であったということだけである。その譫言に自分なりの意味を見出すのは、ずっと後だった。
 十代の後半、私の内面は言葉の飽和状態にあった。また、私は、他者との熱狂じみた議論などには全くといっていいほど、興味も意義も感じられない人間だった。言葉は外へ向かって発するためのものではなく、内省的な自我を掘り起こす手がかりなのだと漠然と感じていた。結局、それは「内向的な自問自答」という状態から徐々に「言葉の錯乱状態」へと移行していったが、私はこれを放っておくことにした。発狂するかもしれないと思ったが、私が考える以上に人間は複雑な試行に耐えうる、という楽観もあった。
 ロジックの盛夏期が過ぎると私は、言葉と、他のほとんどすべてのことに対して、瞬時に直観的な選択を下せるようになっていた。言葉は私のなかで完全に抽象化していた。そして、詩を書きはじめた。こうした経緯は、私自身にとっては、とても深遠かつ高邁な体験として特別の意味をもつものだが、このころの心境の一点をいい表すことは、決してたやすくはない。また、詩を書く者なら誰しも、何かしらそのような経験を経ているものなのかもしれない。このころの詩のほとんどは、二十六才のときに上梓した第一詩集「ユリウス暦の農閑期に」のなかに収められている。スケッチブックに思うがままデッサンを描くように、言葉遊びを繰り返したといった感が強い。絵画などの肉筆よりも言葉のよそよそしさに一種の安堵感をおぼえた。しかしながら、私にとって言葉は、決して使いやすい道具などではない。言葉に所有されているという意識が、当初からの実感としてある。したがって、この言葉遊びも、私と言葉との相対的な関係を否応なく認識せざるをえないという意味において、文字どおりの主体的な愉悦に属する行為とは、かけ離れたものとなっていった。


以下、「詩人の手紙 キーツ」より引用。 

 ブラウン、ディルクとクリスマスの無言劇を歩いて見に行って来た。ディルクとさまざまな問題について論争ではなく考え合いをした。いくつかのことがぼくの心の中でぴったりと適合しあい、すぐに次のことが浮んだ。それは特に文学において偉大な仕事を達成する人間を形成している特質、シェイクスピアがあれほど厖大に所有していた特質、それが何であるかということだ  ぼくは「消極的受容能力(ネガティヴ・ケイパビリティ) 」のことを言っているのだが、つまり人が不確実さとか不可解さとか疑惑の中にあっても、事実や理由を求めていらいらすることが少しもなくていられる状態のことだ  たとえばコウルリッジは半解の状態に満足していることが出来ないために、不可解さの最奥部に在って、事実や理由から孤立している素晴らしい真実らしきものを見逃すだろう。この問題は幾巻もの本を書いて研究してみても、たぶん、次のことに尽きるだろう。つまり偉大な詩人にあっては美の感覚が他のすべての考えを征服する、あるいはむしろ抹消するということだ。(田村英之助訳・富山房百科文庫)



 何事につけ、いわゆる言語的な説明を自らに課すこと、その呪縛にとらわれている人間は、大変な苦労を背負い込むことになる。誰しも経験することではあるが、深みに嵌れば命にもかかわる。さいわい私は、のほほんと生きのびてきたくちだが……。要するに言葉がある種の問題解決の直接的な役割を果たそうなどとは、期待したためしがない。端から言葉を信用していないふしがある。問題をそのままにしておくのも才能だといわれれば、「なるほど、やっぱり」とほくそえみたくもなる。ただ、勘違いしてはいけないのは、問題を忘れてしまうのではないということだ。何かひっかかるものに対して、執念深いところがなければならない。むしろ、一歩遠ざかって答えがわかるまで、いつまでも睨みつづけるといったほうがよい。キーツもそういう意味で、この「消極的受容能力(ネガティヴ・ケイパビリティ) 」という言葉を使っているのではないだろうか。
 「詩人」という言葉もめっきり手垢にまみれている昨今だが、私は常々、「詩人は言葉から最も遠い場所にいる人間だ」といって憚らない。言葉がうまく使えないというか、言葉という存在そのものに対する態度を決めかねている。生死、正邪、有無……。実際、言葉の二律背反といったものを、私は、全く信用していない。また、言葉を道具だと思ったこともない。むしろ言葉に使われているのだと思っている。正直いってわからない言葉につきあたることはある。しかし、それが自分にとって重要な問題であるか否かという嗅ぎわけは速い。いわゆる帰納的推論に過ぎないのかもしれないが、そのような意味では、瞬時に判断をつける。自分にとって意味のある言葉は、大抵頭の隅に残っていて、ある程度の時間を経て、ふとわかったり、あるいはわからないまでも納得できたりすることがある。

 そのように私も詩を書きつづけてきた。そして、書きつづけることによって、少しずつ見えてきたこともある。たとえば、詩を書くことによって、外界や自分を見る新鮮な意識が生まれることなど。そして、より自覚的に詩を書きつづけていこうとするなら、「詩とは何か」という問いに、詩人は答えなければならないと思う。

 あいまいな記憶だが、田村隆一の詩に「詩とは何かと問われたら、テーブルの上にころっと置けばいい」というような行があったと記憶している。詩人は詩を書くことで詩の何たるかを示すことも可能だ。いや、むしろそれこそが詩人の仕事である。その答えはときに遠ざかったり、変遷していくもののようでもある。これは答えをはぐらかしているわけではない。詩によって詩の何たるかを提示していくこと、それこそが重要なのではないだろうか。





U. 詩はどのようにして生まれるか


言語の生成

 言語には伝達されるものとそうでないものがある。一義的には前者だろうが、広い意味では、内的な精神の運動、あるいは反応そのものを含む。見聞きし、話すこと、つまり会話によって人間の主立った言語的回路が形成され、さまざまな発語とカテゴライズ(概念化)が進む。

 子供の言語能力の発達に関してロシアの心理学者ヴィゴツキーの興味深い見解がある。ヴィゴツキーはそれまでの心理学における「内言から外言へ(思考の言語から会話の言語へ)」という言語能力の発達過程を逆転的にとらえ、ピアジェ以前の通説を修正した。彼が提唱したこの「外言から内言へ(会話の言語から思考の言語へ)」と向かう過程は、人間の成長段階における社会的言語の意味づけをさすと考えられる。すなわち、核となる言葉を中心とする私的な言語感覚(神経)のネットワークを構築する試行錯誤の過程である。
 このいわば「途中経過」をそのまま提示するような詩の表現形式、これはいわゆる現代詩の方法論の最たるものではないだろうか。
 現代詩を個人の言語的成長過程そのものであるとは断言しないが、少なくともそれは内言(思考の言語)の集約されたものではなく、「会話の言語から思考の言語へ」と向かう過程のように、すこぶる会話としての言語性つまり<外言性>を多く孕んだ言葉によって成り立っているものと考えられる。ここでいう<外言性>とはいわゆる会話のみならず<自問自答のなかに生じる混沌とした不条理な発語>も含まれると私は考える。
 以前、私は人工知能における会話システムのデータ構築を通じて、人がどのように会話を処理し、言語とかかわっているのかということを観察したことがある。それによって実感したのは、「会話における言語機能の発達が、いかに条件反射的なものか」ということだ。生命活動の基本が「刺激と反応」の関係性に還元されるように、あるいは物質における相互作用の関係と同様に、言語的反応におけるそれも例外ではなかった。それが、かつてヴィゴツキーが指摘した「まず、外言(会話の言語)の機能が発達し、そして内言(思考の言語)の発達へと向かう」ということなのだろう。
 抽象化というのは内的発語(しばしばそれは混沌としている)を一般化する方法論であるが、<現代詩>的手法は「(混沌をもそのままにしておくという意味で)外言的抽象」という特殊な方法論を用いているものである。決して「(形づくられ一般化された言語表現という意味での)抽象的外言」でもなく、「(思考の言語的一般化という意味での)内言的抽象」でもない。<外言性>という言葉の意味するところは、いいかえれば「抽象的概念と具体的イメージが等価に融合している様態」ということである。
 外言と内言という心理学的用語をあえて使用するのは、その「時系列的なベクトル(方向)」が重要であるからだ。つまり、詩とは会話あるいは混沌とした発語から概念化へと向かう「端緒」でなければならず、概念が演出され創作されたもの(抽象的外言)などとは区別されなければならないということである。混沌と不条理を垂れ流せばよいといっているのではない。書き手にとってぎりぎりの何かを表出させようとするとき、どうしても削り落とすわけにはいかないものがあるということだ。それは書き手自身にも不可解なものかもしれない。

 現代詩は内言(思考の言語)ではない。また、外言が「他者から見える言葉」であるとすれば、表現された以上、どのような詩作品も個人的な内的発語ではありえない。実は言語的概念に外も内もなく他者に知覚されうるか否かの違いだけであり、元来その実体に確たる境界はないと私は考えている。詩として提示した時点で、それなりの責任というものも生じてくる。もっともそれは、作品となり一つの抽象となった詩が、詩人のなかでどのように認識され、概念化されるのかというもう一歩先の問題である。
 それは子供が日常生活のなかから言葉の用法を学ぶように、われわれが「詩」を理解する過程である。あるいは、言語と言葉、そしてそれらと現実の事象との関係性を分別してゆく作業である。それゆえに現代詩は常に蓋然的な言説ではありえないということである。


 閉ざされた部屋の内壁ばかりを眺めていると、それがすでに世界の果てであるような錯覚を催してくる。それと同様に詩人が書くことで生き、行動しているかのような錯覚は現実となり、客観的な結論は消し除かれる。自身の言葉に弄ばれることも可能であるのが、詩である。どちらを選ぶかは自由だが、つまるところ人間の自由とは不自由なものだ。「はじめに言葉ありき」という件の大前提をどうとらえるのも自由だが、これもすこぶる直観的・経験的発語である。人間と社会(世界)との関係を端的に表現している。世界の新たな断面を拓き見る方法論として、結果論的に支離滅裂な外言を意識的に自らの神経にこじつけていく作業が必要とされるのである。
 「外言から内言へ」の過程が段階を経て、ある部分の自己認識が完了し、常識的な言語表現とのすり合わせが行なわれた時点で、思想的・哲学的発語が始まる。これは人間の成長過程としてとらえれば「内言から外言へ(思考の言語から会話の言語へ)」というUターンの後半段階だろう。詩と呼ばれるもののなかで、「万人にわかりやすい詩」とは、ほぼこの類に属するものである。つまり、それらは社会の共通認識として多分に内的に見えるだけなのだ。
 詩のめざすべきリアリズムとは何だろうか。あらゆる詩のなかで、言葉がよりリアリティを再現させるためには、初期段階の(会話や内的発語あるいはイメージの不条理性を含むという意味で)<外言性>をないがしろにすることはできないというのが私の考えである。言葉が踵を返そうとする時点で、自己の発語の粗をあえてそのままに提示することの意味とは何か。詩を精錬し精製する過程で過度に社会的言語とのつじつま合わせが始まれば、たちまちにして詩は生気を失った表現に成り下がるのである。つまり、それは詩に逆行する行為である。



伝えるものの本質について

 言語と言葉の違いというのは、肉体と運動機能の違いにたとえることができる。人は青年期に鍛えられることによって自身の肉体と運動機能をほぼ完成する。そのあとは、さまざまな側面における熟練によって技術的差が縷々生じるだけのことだ。すばらしい肉体(言語)をもちながら全く運動能力(言葉)に欠ける人がいるように、あるいはその逆で、ほとんど恵まれているとはいえない肉体(言語)ですばらしい運動能力(言葉)を発揮する人がいる。言語は言葉の能力にさしたる大きな要因とはならない。肉体をもち合わせていない人はいないのと同様に、言語をもち合わせていない人はめずらしい。しかし、言語はもち合わせているが言葉をもち合わせていない人というのは、意外に多い。むしろ、そうした人々が大部分なのかもしれない。私は表現力の話をしているのではない。そしてまた、いくら絶妙な表現力・言語能力を駆使したところで、そのことが言葉の意味を補完することはありえないのである。しかし、人はしばしばこれを見誤る。言葉は精神の一端を表すものだが、精神を見ることのできる肉眼をもった人間は、まれだと言明しておこう。
 そして、言葉をもたない人にいくら言葉の話をしても無意味である。運動選手同士あるいは武術家の会話を素人が聞いても、所詮は観念的なものに終わるのである。私の言葉がたとえば言語的エンターテインメントを期待するその種の人々にとってしばしば高圧的に受け取られるのはそのような差異によるものであろう。たとえば詩や芸術というとき、思い入れの違いが常に私とかれらとの対話の障害となる。相手の手を握るとき手加減ができないのである。これは決定的なある能力の欠如なのかもしれない。コミュニケーション能力の欠如というものにもいくつかあって、こうした運動能力の不一致が原因ではないかと考えられる。コミュニケーションは成立しなくて当然といってもいい過ぎではないかもしれない。他者との対話においては、可能性のある相手を見極め、そうしたすべてが一致する奇蹟的一瞬を喜ぶべきなのだろう。



言葉とイメージ

 自分の詩作法をおおまかに書き記しておく。

1 動機のようなものが起こる、あらわれる。
2 それを観察し、検証する。
3 形にする必要があるものなのかを自らに問う。
4 そのためのモティーフを考える。偶然立ち現れることもある。
5 方法論と詩の構造を考える。
6 モティーフとテーマの関係を検証する。
7 言葉のストックまたは資料を洗い出す。
8 発語、分類、編集の作業を繰り返す。

 それぞれについて、さまざまな方法を用いている。ディテールの方法論が変わることで詩の様相も微妙に変化する。

 (ともかく、できうる限り読まないこと、書かないこと、そして書いたものもできれば、捨てることだ。)

 たとえば、自分のなかで徐々にスクラップ化してゆく言葉というものがある。自分から出てきたにもかかわらず、すでに意味不明な言葉たち。これらはさっと捨てて忘れてしまえばよいのだが、事はそう単純ではない。ちょっと姿を変えてまた出てくるのだ。そこで、ひとまとめにしてストックしておく。そのほうが忘れられる。時間をおくと私の内面では平行して、全く違う様相に変化していることがある。知らぬ間に、さまざまな化学変化が起こっているようだ。
 出てきた言葉については、「共通のイメージと実体とのズレ」に注目しておくことが大切だ。「共通のイメージ」とは「社会やコミュニティによって概念化された認識」であり、時代や場面によってさまざまに変容する。言葉の「実体」とは「その意味するところ」であり、それによって引き起こされる内的な反応など、その相対性をも無視してはならない。
 「イメージ」を定義するとすれば、「眼に見えるもの、もしくはそれらの残像」ということになろうか。分解、複合もしくは再構成されたものも同様である。「言葉の印象そのもの」をイメージということもあるが、混乱を招くので、これは本来のイメージとは区別したほうがよい。意味とは何か、という問いにも答えておく必要があるだろう。「意味」とは「定義された系において感知測定可能な位相とその効果」である。
 詩の場合、言葉は書き手の責任において選択されるべきものであるが、常識的な解釈や用法とはズレて、「固有の観念の概念化」ということが起こるべくして起こる。つまり、一般的な伝達を意図するのであれば、これら枝葉末節な言葉の臨場感は邪魔である。しかし、「共通の概念が失われた瞬間」に立ち起こるものが詩であるとするなら、これが唯一の拠り所となる可能性はある。
 イメージも言葉も何らかの「覆われた意味」をもちうるという点に着目すると、詩の生成過程は白日夢に近いといえなくもない。夢分析も夢占いも学者や鑑定人が違えば、さまざまなカテゴライズ(概念化)がありうる。しかし、その方法論は必ずしもかけ離れてはいない。ただし、詩と夢物語との相違点ということで、あたりまえのことをあえていうと、その「意味するところ」を書き手が自らの責任において問い直したものだけが、詩と呼ぶにふさわしいということだろう。


 見たり聞いたりしたものの蓄積が作品の素材となる。

 イメージと言葉との対応関係を疑う人間は少ないだろう。文学において、言葉は概ねイメージを表出・表現し、伝達するための手段である。それは殊に小説等の散文の表現形式において顕著であり、詩の表現においても、おそらくほとんどがこれに類するものである。しかし、まれにこのイメージと言葉との接合を見出せない表現につきあたることがある。これらは、いったい何を意味しているのだろう。現代詩は「わからない」という常套句をしばしば耳にする。「わからない」には、それなりの理由が、それぞれのケースについてあるのだろうが、いずれにせよ私は、現代詩は「わからなくてもいい」と思っている。万人に「わかる」ものほど薄気味の悪いものもない。ただし、それは詩が「無意味」であることを肯定しているのではない。むしろ「無為」であるべきと思うのである。
 言葉がよりリアルなものとして成立するためには、何らかの方法によって「イメージ」を言葉の表層から排除せしめるような詩の形式が必要であるとも感じている。

 たとえば、修辞・脚韻・頭韻・シラブル・音節等々にみられる詩の要素は、書き手と読み手の両者がどこまでその受容能力において、その対象において敏感であるか否かにより、その許容度を決定する。書き手が意識した原初的なリズムや音韻が、必ずしも受け手に意識的に、あるいは無意識にも享受されるとは限らない。また、だれもが認識しうる形容で表現することは必ずしも不可能ではないが、そこにはもはや、書き手に固有のいわゆる「ゆらぎ」は認められない。この「ゆらぎ」とは確固たる骨子を想定しながらも、書き手たる詩人が自ら意図してそれをずらす、あるいは歪めずにおこうとする行為である。歪めずにおこうとした部分が受け手には歪んで見えるということだ。あえて、こうした危険に踏みとどまろうとする詩人は、言葉が単に意味とイメージの「厳格な表出」のみで、詩とはならないことを覚知しているからにほかならない。



カテゴライズの応用

 言葉とイメージの対応関係を疑うこと、もしくはこれを意図的に組み替えることの意味を考えてみる。一つの例として私自身の詩「枯れた木」のなかからとりあげる。

  荒れた大地にあきらめにも似て
  わたしは立ち尽くしていた
  見渡すかぎりに広がる時間の
  土くれを掘り起こし
  世界という長い一日を
  終わらせることばをさがしていた
  畏れるべきものに気づき、
  傷つき、知るために歩いていた
  何が起こっているのか?
  泉のある場所を忘れたのだ
  (後略)
                 
 「世界という長い一日を/終わらせることばをさがしていた」といった言い回し、ここには何かしらの違和感がある。「世界」と「一日」の一見強引とも見える結びつきである。これは日常的にはありえない表現であり、この一行には受け手のさまざまな解釈が可能となるのだ。
 まず、ここで「一日」というのは、旧約聖書の冒頭の解釈に依拠している。そこには神が六日で世界を創造し、七日目には休養をとったという記述がある。シュタイナーも指摘しているが、この期間の一日にはそれぞれ固有の長さの違いがあるのだ。われわれが、「一日」というとき、それは太陽の運行もしくは地球の自転を基準としている。しかし、神が人間のための朝と夕つまり一日を創造したのは、第四日目なのである。つまりそれ以前の一日はもっと膨大な時であった可能性もある。あるいは一瞬であったかもしれぬ。われわれの時の概念にそぐわぬ観念としての「一日」なのだろうか。いうまでもないが、私は聖書を絶対視せよといっているのではない。これはつまり、一宗教上の問題ではない。言葉の問題なのだ。
 言葉に何かしらの違和感をおぼえたとき、そこには何かが隠されているのではないだろうか。常にとはいわないが、まれに重要な意味をもつことがある。先にあげた「世界という長い一日」についてあえていうなら、この長い人類の歴史のなかでいまだに終わろうとしないひとつづきの物語といおうか、蹴りの付かない人間(あるいは私)の業のようなものを指しているといってもよい。あくまで現時点での私自身の有り体な解釈である。また、ここでなぜこのような言い回しを必要としたかといえば、木と人間とのあいだにある「時間的な感覚の相違」を念頭においていたからである。したがってこの詩のテーマにおいて、それは必要不可欠なレトリックであるように私には思われたのである。
 言葉の問題とは、どういうことか。これは詩人のみならず人間にとって根源的な問題なのだ。言葉はある意味においてわれわれの思考や行動を制約している。日常的な言葉、つまり常識的な物言いには社会的な共通の認識が不可欠である。母国語を違えた民族がしばしば誤解しあう原因の一つには、このことがあげられる。しかしながら、全世界的レベルから見ても非日常的であったらどうだろう。非日常性を有した言葉、「わからない言葉」ではあるが、無意味ではない不可解さを有した言葉というものがある。これこそが詩なのだと私は思う。詩がわからないのではない。わからないから詩なのだ。論証はしない。また、なぜそうした言葉を私は、われわれは必要とするのか。



カテゴライズ以前のもの

 中原中也はいう。作者が「面白いから、面白いというを如実に現わそうとする態度こそが全てである」と。また、「面白いは笑いの以前にあるものだ」と。

 何かしら名辞しがたく魅了されるものや心奪われる瞬間というものがある。それを残しておきたくて詩にするということがある。つまり、それが核だ。コンセプトが見え過ぎる表現は受け手を興ざめさせる。それは無意識的に隠蔽され、作り手でさえ後に気づく程度であるほうがよい。おそらく闇が闇であったと気づくのは、そこから抜け出た後なのだ。

 つまり、詩の解説などは愚の骨頂である。好き嫌いはあっていいし、なぜ好きか嫌いか認識するのも悪くはないが、それに固執することはない。



詩の意図

 しっかりとつじつまが合い、テーマもはっきりとした作品とそうでないものを、せめて書き手はしっかりと区別しておかなければならない。そして、詩人はなおもそれらを表現する場合においては、謎が謎のままであること、いいかえれば概念化を拒んでいる何かについて、思弁的な表現や解説を放棄しながら、めざすべき水準まで到達するべきであることを自覚すべきなのだ。



無意識との出会い

 夢は無意識的な時間の再構成であり、詩の創造に密接に結びつけうるもののように思われる。

 詩人の役割りとは、先端的な直感の提示である。詩人の目的とするところは他者の説得や啓蒙ではない。目の前の人間を説き伏せることに意味はない。性急なやり方ではあるが、自己の内面との真剣勝負となる。次元の違うテーマをもって生きている他者とのあいだに接点はない。夢分析の根拠とは何だろうか。人間に共通するイメージ体系の根拠は何なのか。
 白日夢や願望などの、あるいは、空想などの実現不可能な夢を夢物語というとき、それは、一つの転移されたニュアンスを内包している。さらに、夢を自己分析するとき、その意味づけにおいては、転移のありかたが重要な問題となる。すなわち全人類的に共通な類型による解釈と、ごく個人的な体験にもとづく連想による解釈である。
 つまり詩の意味と読者との関係についても同じことが起こる。そのため詩人のごく私的な語感の解釈には、その詩人の全人的な理解と研究が必要となる。詩は詩人にとって日記と同様に、実用実学的な側面をもつものである。そして、その難解さ不可解さは、しばしば極めて私的なものであるがゆえに、詩人個人としては直感的につづられ解釈されていく。しかしながら、これを読み手が実感をもって読もうとする際には、そのような直感的解釈は大抵ずれを生じ、誤解を混入したものとなる。それは詩人と読み手の語感の親和性によって、辛うじてつながっている。



 私の初期の詩集「ユリウス暦の農閑期に」から始まって、それらの作品は少なからず夢や白日夢のヴィジョンに端を発している。つまり、それらは無意識につながるもの、内面的な物語でもあり、状況との関係性のなかにある自分自身でもある。それぞれの作品についてテーマを整理し、一貫したテーマを詩人自らが見出すことは大切なことだと思う。

 そもそも夢というのは現実との対比において実在不可なものとして視るものだが、同時に現実が変容しながら何がしかの真実を伝えているものなのである。いいかえれば現実をモティーフとしながら、現実とは次元を異にした魂の真実を鏡のように視ることである。



隠蔽と虚飾

 嘘とは何だろう。真実とは何か。人を欺くための嘘、安心させるための嘘、自分を納得させるための嘘、人を困らせる嘘、人の気を引くための嘘。誇張、デフォルメ、修辞……。

 子供は人の気を引きたいときに、よく嘘をつく。ばつが悪く、その場しのぎに何かをごまかしたいときなどにも。

 言葉は何のためにあるのか。会話というのは、あいさつ、そして<問い>と<答え>である。そして情報や意思・感情の伝達を担う。これは動物にもある。動物も便宜的な嘘をつく。それは単純に生命にかかわること、あるいは群れのなかで生きのびるためのものだろう。これは人間にも通じる。群れ、つまり社会のなかで自分という存在を保つための手段である。人間はときにこれを組織立って行うことがある。動物にもそういう行動はあるかもしれない。言葉、会話があれば嘘が存在する。言葉は戦略的に使用される。そこに人間の良心が問われるはずだが、すべて真実がよいというものでもない。

 よい嘘も悪い嘘もある。社会は建て前の上に成り立っているが、それら社会によって正当化された嘘はその時代においては正義とされる。

 詩の語源たる「つくる」作業には大なり小なり虚飾が存在し、それは文学的な虚構にも通じる。それらをともなった口伝が詩のそもそもの出発であったかどうか……。神話やエンターテインメント性を含めた創作の原点がそこにある。



他者への配慮

 詩は創作か。エンターテインメントか。つまりそれらを一義的な目的としているのか。私はそうではないと思っている。ではなぜ、わざわざ出版などして他者に読ませようとするのか。しかし、そこにはしっかりとした理由がある。それは自分にも判然としない明け方の夢を他者に話すようなものではない。しっかりとした根拠がある。いいかえれば、その確たる根拠に気づいていない詩人は真に詩人としての自覚を有しているとはいえない。

 詩という形式は確かにエンターテインメントになりうる。しかし、それは詩の本来の核たるもの(目的)ではない。詩にはもっと重要な本来的な目的がある。それはいわばある種のしるしである。他者がそれによって心の底から感動し、ときに霊感にも匹敵するほどの啓示を享受するのは、その証左である。したがって万人に等価な意味をもつ詩などありえない。





V. 詩は何のためにあるのか


 なぜ人は詩を読み、詩を書くのだろうか。詩は何をめざしているのか、あるいは何をめざしていないのか。真善美か、官能か、崇高な精神か、あるいは無為か。おそらく答えはないのである。あるいは変容するものなのだ。そもそも万人に共通の絶対的な正しさなど存在するだろうか。たとえば宗教がそうであるように、哲学もまた一つの誤謬である。絶対的な正しさなど存在しないのだ。キリストや仏陀を崇めるがごとく、アリストテレスやプラトンあるいは、自らの哲理を絶対視しているとすれば、それは盲目的な信仰となんら変わることはない。自らが盲目であるという認識がなければ、その傲慢さは腐臭極まりないものとなる。科学にも同様のことがいえる。数学も幾何学も約束事でしかない。勝手な基準を設けてすべてを光と闇に、0と1に分別したときから知識と論理の神話も始まった。正しさを希求するのはいいが、それが相対的には誤謬でありうるという認識をもてないとすれば、彼らこそが人類史上最も強力で、たちの悪い狂信者である。
 詩人も例外ではない。立場をあいまいにしておくのが、賢い生き方なのかもしれないが、それは私の性に合わない。過ちを犯さなければ、精神も成長することはないだろう。言葉が違われることによって精神の進化を試みているというのが、詩の本質的な要素の一つでもあるのだ。「言葉」も極論すれば一つの誤謬である。だれもが信じている約束事に過ぎない。一つの概念を受け入れるとき、人は何かを放棄せざるをえない。宿命的にそのことからのがれることはできないのだ。しかし、詩と哲学とは一線を画す。同じ「言葉」を駆使しながら、全く逆の方向をめざしているようにも見える。
 なぜ、詩を必要とするのか。人間は常に世界や自己の認識のなかに囚われている。外からやってくる「言葉」を聞くことは、これは奇蹟的な経験なのだ。詩は体験である。全身全霊で味わうものだ。結果的には人類の精神の進化に貢献するものだと信じたいが、それこそ私の盲目的な信仰に過ぎないのかもしれない。目先の利益ではない無為なもの、しかし、私のあるいは、われわれの尊厳に深くかかわること。そしてそのために、詩には、「言葉」だけでは足りない。もう一つ大切なことがある。それは、音である。詩は、言葉であると同時に「声」でなければならない。声をともなった、ただ一人の言葉でなければならない。



 個々に詩のテーマはあるだろうが、それは個々の生き方、生きる目的にもよるだろうし、何を意図して詩を書いているのかということでもあり、その一個人のなかにおいても、その時々において変化が生じるかもしれない。無論、一貫して変わらぬテーマで書きつづけるということもある。

 私が詩を書く理由、それはやはり自分という存在と人間全体にかかわっていることであったし、神と人間、あるいは文明の問題でもあったが、同時にすこぶる個人的な気分の問題でもあった。だが、究極的には、やはり私自身の魂に深くかかわることであった。それを体感的にとでもいおうか、実感をともなってかつ冷静に理解するまでには、相当の時間を要した。私は散文を書くことは避けてきた。とりとめもなく書きたいと思うこともあったが、それらを書くことの根源的な意味が水脈としてどのようにつながっているのか、ということを理解できなかった。それを自覚するには、私はあまりに散漫で怠惰であった。また、さまざまな日常の困難のなかで疲弊し、冷静に自分を見つめる余裕がなかった。そうしたものは自分以外の者にとってはどうでもいいことであろうし、詩作のように無為性の底にある意味を見出せなかった。それと同時に、まずその目的たるものに詩をもって到達しなければならないという本能的な願望によるものだった。詩は他者を納得させたり、自己確認を目的として書くものではない。しかし、詩を書きつづけることで、雑然とした思弁的な想念が澱のように溜まってくる。これらをまた思弁的な詩として書くことも可能だが、それらは実に醜悪で読むに堪えない。ならば、散文的思考は散文的に吐きだし、整理したほうが前に進めるのではないだろうかという気が、今はしている。

 詩を書くことは、真善美というカテゴライズをも超えて、あるいはそれらを循環させ、さらに永遠の生命を与えていくことである。いいかえれば、それは自分、つまり世界を含めた自分と向き合う作業である。つまり鏡のように。したがって、それは夢とつながっている。そこには痛みがともなう。ときとして現実に身体的な痛みさえもともなうことがある。しかし、希望へと転換していくための痛みであると信じたい。しっかりとそれと向き合う、そのために深刻な痛みの詩を書く意味というものがあるのだ。問いと祈り。これは決定的な詩の効用である。


 単純なことが、ようやく実感をもって理解できるようになってきた。つまり、詩というものはさまざまな芸術のなかで、包括的な役割を演じてきた。それは歴史的に見て、おそらく詩が最も古くからあったためであり、時代が進むにつれて、さまざまに分化した芸術形式(絵画、音楽、舞踊、小説、写真、演劇、映画など)に、詩が担うべき表現の範囲を明け渡し、その先住的範囲を狭めていったのである。あるいは深化させていったのである。詩は詩の形式においてしか表現できない部分を模索し始めたのだ。詩でしか表現しえない詩と、詩以外でも表現しうる詩、ことによると詩以外で表現したほうがよい類の詩というものが存在するのである。そのことを強く自覚することが詩の蘇生の第一歩である。





(2010. 4)









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